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世界三大美女の伝説から恋愛を考察してみた

 

目次

 

 

世界三大美女

 

 

 

あなたは世界三大美女たちの名前を言えますか?

 

 

 

クレオパトラ、楊貴妃、小野小町ですね。

 

 

 

知っていましたか?

 

 

 

小野小町が入ってるのは日本だけなのです。

 

 

 

世界ではギリシャ神話に出てくる『ヘレネ』が小野小町の代わりに並べられます。

 

 

 

ヘレネ
ギリシア神話に登場するトロイア戦争の要因を作ったと言われている美女。

 

 

 

 

 

今回は読者の皆さんの99%が日本人と言うことで小野小町バージョンでお送りします。

 

 

 

世界三大美女と言われるほどの人物がどんな恋愛をしてたのか気になりますよね?

 

 

 

と言うことで今回のブログは世界三大美女の伝説から考える恋愛模様をまとめていきます。

 

 

 

最後まで読むことでスケールの違いに驚くこと間違いないでしょう。

 

 

 

歴史に残るような人の恋愛ってきっとすごいんやろな。

 

楽しみしといて〜

 

 

世界三大美女とは

 

 

 

実は世界三大美女と言えど3人とも写真が残っていません。

 

 

 

なので美女であったという『確証』は得られていません。

 

 

 

にも関わらず美女として謳われる理由は何でしょうか?

 

 

 

それは彼女たちの生涯に理由があります。

 

 

 

クレオパトラ、楊貴妃は両者とも戦争の引き金になる人物だったと言われています。

 

 

 

つまり時の権力者と生涯を共に生きた女性なのです。

 

 

 

彼女たちは共通して晩年に悲劇的な結末を迎えます。

 

 

 

それでは早速1人ずつの恋愛、そして生き方を詳しく見ていきましょう。

 

 

 

やっぱり残酷な結末を迎えるんやな〜。

 

歴史を動かすほどの美貌やってんろな。

 

美人いるところに事件あり』ってことやな。

 

・・・。そんなん聞いたことないけどな。

 

クレオパトラ伝説

クレオパトラの生涯

 

 

 

国を支配しているのは男。その男たちを支配しているのは私。」という衝撃的な言葉を残した古代エジプト最後の女王クレオパトラ。

 

 

 

クレオパトラと言えば黒髪で濃いアイメイク、セクシーな衣装のイメージをされる方が多いでしょう。

 

 

 

美貌、優雅さ、教養を兼ね備える完璧な女性だったと言われています。

 

 

 

クレオパトラはその美貌を維持するために、薔薇やムスクの香りを体に塗っていました。

 

 

 

薔薇の香水風呂に入り、寝室には薔薇の花を敷き詰めていたと言う逸話も残っています。

 

 

 

彼女は『香りの効果』を政治、恋愛、交渉に使ったことでも有名です。

 

 

 

 

 

 

クレオパトラとカエサル

 

 

 

ガイウス・ユリウス・カエサル
ガイウス・ユリウス・カエサルは、共和政ローマ期の政治家、軍人であり、文筆家。「賽は投げられた」、「来た、見た、勝った」 、「ブルータス、お前もか 」などの特徴的な引用句を使ったことで有名。

 

 

 

カエサルはクレオパトラと出会った瞬間に恋に落ちたと言われています。

 

 

 

政治的な思惑もあったものの2人は恋仲に発展していきます。

 

 

 

当時カエサルは自らが皇帝に君臨するため、ローマに帝政を敷こうと試みます。

 

 

 

クレオパトラはそんなカエサルに協力して、ローマ・エジプト帝国を作ろうと夢見ていました。

 

 

 

しかしカエサル存命中に帝国建設の夢は叶いませんでした。

 

 

 

カエサルは腹心のブルータスに暗殺されてしまい夢半ばで倒れます。

 

 

 

悲しみにくれるクレオパトラでしたが1人の男性との出会いが人生を変えます。

 

 

 

クレオパトラとアントニウス

 

 

 

カエサルという強力な後ろ盾を失ったクレオパトラは諦めることなくローマ帝国建国に向け奔走します。

 

 

 

同盟国を探していた矢先に出会った将軍マルクス・アントニウス

 

 

 

マルクス・アントニウス
マルクス・アントニウスは、共和政ローマの政治家・軍人。第二回三頭政治の一頭として権力を握ったが、その後はガイウス・ユリウス・カエサルの姪の息子オクタウィアヌスに敗北。

 

 

 

クレオパトラは自国のエジプトを繁栄させるためにもアントニウスとの同盟を結ぶことを決めました。

 

 

 

カエサルを招いて行われた豪華絢爛な宴会は招待された客を驚きに包んだと記録されています。

 

 

 

度肝を抜かれたアントニウスはお返しにクレオパトラを宴会に招待しますが失敗に終わったと言う話も残っています。

 

 

 

それほどクレオパトラはおもてなしが得意だったと言われています。

 

 

 

アントニウスとクレオパトラはこの出来事をきっかけに恋仲になりました。

 

 

 

そしてクレオパトラは亡き夫への思いと、新しいパートナーのアントニウスのためにローマ帝国建国に尽力します。

 

 

 

しかしあと少しの所で計画は頓挫することになりました。

 

 

 

クレオパトラを悪く思うオクタヴィアヌスにより反乱が起きアントニウスは窮地に立たされたのです。

 

 

 

アントニウスを殺すか、追放すれば願いは叶える」とオクタヴィアヌスに迫らたクレオパトラはそれを拒否しました。

 

 

 

そしてアントニウスが処刑されるのを見届けた後、クレオパトラは毒蛇に自分を噛ませて自害しました。

 

 

 

クレオパトラはエジプト女王としての威厳と誇りを最後まで守り続けました。

 

 

 

それだけでなくクレオパトラは死を前にしても愛する人を裏切りませんでした。

 

 

 

クレオパトラが世界三大美女として語り継がれる理由は彼女の生き様にあるのかもしれません。

 

 

 

クレオパトラめっちゃかっこええやん。

 

ヤバイやろ?

 

ムスクの香水買いたくなってきたわ。

 

 

楊貴妃伝説

楊貴妃の生涯

 

 

 

楊貴妃は別名『傾国の女王』と呼ばれる悲劇の女性です。

 

 

 

貴妃
貴妃とは皇妃としての順位を表す称号で皇后の次に高い位。事実上のNO.2。

 

 

 

楊貴妃の本名は『楊玉環』です。

 

 

 

実在した女性の中で中国トップ3を争う知名度があります。

 

 

 

彼女は蜀地方の下級役人の娘として生まれました。

 

 

 

当時の占い師は生まれたばかりの楊貴妃の人相を見て「この娘は皇后のような、尊貴な存在になる。」と言ったと伝えられています。

 

 

 

楊貴妃は「柳の葉っぱのような眉、ぱっちりとした目、おちょぼ口、豊かな黒髪、白いもち肌」と現代でも美しいとされる顔の持ち主でした。

 

 

 

彼女の魅力は容姿だけではありませんでした。

 

 

 

頭はキレる、人間心理を見抜く、思いやりがある、また音楽の才能も秀でていたと言われています。

 

 

 

楊貴妃と玄宗

 

 

 

大人になり楊貴妃は当時、皇帝であった玄宗の息子の奥さんになりました。

 

 

 

しかしあろうことか玄宗は楊貴妃に惚れてしまいます。

 

 

 

玄宗は”楊貴妃を自分のものにするための策略”を練ります。

 

 

 

そこで玄宗は楊貴妃を無理やり出家させることを思いつきます。

 

 

 

玄宗は「出家とは俗世間を忘れること、夫婦関係も一度白紙に戻すのだ。」と無理やり理由をつけて息子と楊貴妃を別れさせました。

 

 

 

こうして楊貴妃は後宮に入ることになります。

 

 

 

後宮
后妃などの住む宮殿のこと

 

 

 

この時玄宗と楊貴妃の年の差は34歳

 

 

 

楊貴妃は21歳のときに皇帝の2番目の奥さんになりました。

 

 

 

玄宗の暴走

 

 

 

ここから玄宗の暴走が始まります。

 

 

 

まず手始めに楊貴妃の家族や親戚に官職を与え始めます。

 

 

 

さらには楊貴妃のために宝飾や服の職人や大量に用意させました。

 

 

 

そしてまた毎日のように酒宴にふけりました。

 

 

 

玄宗は宮廷内の人々に「楊貴妃を得たことは至宝を得たようなものだ」と言っていたことが記録されています。

 

 

 

楊貴妃自身は全く問題なかったのですが親戚たちが問題でした。

 

 

 

高位を与えられた親戚たちは「楊家であらずんば人にあらず」と掲げて暴挙を振るい始めます。

 

 

 

堪え兼ねた軍の実験を握っていた安禄山は唐の兵を率いて『安史の乱』を起こしました。

 

 

 

安禄山
唐代の軍人、大燕国皇帝。

 

 

 

軍の実権を握る有力者に対しては玄宗は勝ち目はありませんでした。

 

 

 

逃亡を余儀なくされた玄宗は家来から「災いの全てはこの楊貴妃にあるのでは?」と問い詰められた結果、楊貴妃に死を命じます。

 

 

 

楊貴妃は一切の躊躇を見せず自ら首を吊って命を落としました。

 

 

 

その後に楊一族は子供たちまでもが1人残らず処刑されてしまいます。

 

 

 

戦いに勝った安禄山は唐を改めて「燕」を建国しました。

 

 

 

楊貴妃の魔力とも呼べる魅力が一国の皇帝の人生を誤らせる事態へと発展しました。

 

 

 

楊貴妃は貴妃として迎え入れられたときから贅沢は一切求めなかったとされています。

 

 

 

そのような生き方こそが真の美しさだったのかもしれません。

 

 

 

美しさのあまり国を滅ぼすってどう言うことよ。

 

もし玄宗がもっと賢ければ国はもっと発展したかもしれんな。

 

それくらい影響力のある女性やってんな〜。

 

小野小町伝説

小野小町の生涯

 

 

 

実は小野小町は出生や生年月日、親もはっきりしておらず謎に包まれた女性です。

 

 

 

そんな小野小町が世界三大美女として語られている理由は和歌の達人だったからです。

 

 

 

小野小町の和歌は天皇のお墨付きをもらうほどの腕前でした。

 

 

 

現代風に例えるなら国民を代表するシンガーソングライターと言えるでしょう。

 

 

 

小野小町と百人一首

 

 

 

百人一首で登場する「花の色は うつりにけりな いたずらに わが身世にふる ながめせし間に」という小野小町の歌は有名です。

 

 

 

現代語に訳すと「桜の花びらも散ってしまった、春の雨の止むのを待っている間に。私の美貌も衰えてしまった、恋や世間のことを思い悩んでいるうちに。」となります。

 

 

 

桜の花が咲く短な期間”と”女性として輝ける短な期間”をかけ、”春の雨”と”恋や世間の喧騒”をかけています。

 

 

 

小野小町が美人として称されたはこのように歌が達者だったことが1番の理由です。

 

 

 

なぜなら平安時代に生きる上流階級が恋愛を始めるときは必ず歌をやり取りする決まりがあったからです。

 

 

 

歌のやりとりを交わしたあとに、女性が男性に夜這いを許可し、体を合わせる当日に姿を知る慣わしがありました。

 

 

 

現代で言えば出会い系アプリで知り合い、LINEでやりとりして、ホテルで待ち合わせするイメージです。

 

 

 

このような時代背景の影響で歌の達者な小野小町は美人の象徴だったのです。

 

 

 

小野小町と深草小将

 

 

 

世阿弥などの能作者たちが創作した小野小町の伝説があります。

 

 

 

世阿弥
日本の室町時代初期の大和申楽結崎座の申楽師。申楽とは平安時代の芸能で、一種のこっけいな物まねや言葉芸のこと。

 

 

 

その伝説とは『百夜通い』のことです。

 

※百夜通い・・・ももよがよい

 

 

 

登場人物である深草小将は小野小町に恋心を抱き何度も思いを伝えます。

 

 

 

その思いを受けた小野小町は「私の元に100夜通ってください。そうすればあなたの思いを受けましょう。ただし私は会わないし、声をかけてもいけません。」と言いました。

 

 

 

小野小町は京都人だったので遠回しにお断りを伝えたと考えられています。

 

 

 

なんと深草小将は言い付けを守り、来る日も来る日も小野小町のいるところに通い続けたのです。

 

 

 

それは99日目の雪の降る夜、深草少将は倒れそのまま息を引き取りました。

 

 

 

そして深草小将は怨霊となったと言われています。

 

 

 

哀れに思った人たちが深草少将のお墓を小野小町のお墓の隣に建てたのでした。

 

 

 

深草少将からすると小野小町は命に変えてでも追いかけたい女性だったのでしょう。

 

 

 

一方でそんな小野小町は晩年の記録が残っていません。

 

 

 

諸説ありますが”放浪することになった説”が濃厚だと言われています。

 

 

 

また一説では深草少将に呪われて亡くなったとも言われています。

 

 

 

六歌仙、三十六歌仙に選ばれるほどの優れた才能は美しさゆえの経験から生み出されたのかもしれません。

 

 

 

深草少将ヤバすぎるやろ。

 

サンクコスト漬けなってたんやろな。

 

世界三大美女まとめ

 

 

 

いかがでしたか?

 

 

 

その魅力によって人の命や国が動く。

 

 

 

まさに歴史は恋愛によって動かされてきたと言っても過言ではありません。

 

 

 

さてあなたは世界三大美女の伝説から何を学びましたか?

 

 

 

今後も好評であれば歴史から恋愛を紐解いていきたいと思います。

 

 

 

こんな感じで歴史学べたらおもろいかもしれへんな。

 

そやな。親近感湧くもんな。

 


としお兄ちゃん

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